気まぐれ渡航日記 #3 「渡航経験者が消える2日間」作成者:小椙優真

パラグアイ渡航レポート

8月30日。
この日は、渡航経験者の4年生2人は別アクティビティ。
実質的に渡航経験者が私1人になるということで、ある種の緊張感が伴うものである。

この日のアクティビティは、カテウラ地区の訪問。

カテウラ地区とは、パラグアイ中のゴミが集積する地区。
そこには、ガンチェロ/ラと呼ばれる、拾ったゴミの売買を生業とする人々がインフォーマルな形で暮らしており、スラム地域の一つに数えられている。

ミタイ・ミタクニャイ基金では、この地区に対して就業支援などを行ってきた過去があり、加えて現地NGOのJuvenSurの協力もあって、学生たちは安全にカテウラ地区を訪問することが出来る。

まずはゴミから作った楽器で世界的に有名となったカテウラ楽団を訪問し、その後、ゴミ集積場の周りの街を歩きながら、この街特有の雰囲気を感じる。

1年前に漠然と感じた怖いという感情は、気を張らなくてはならないという緊張感に変わっていた。金品は見えないようにしまい、カバンを前に抱えて、全員が固まって行動しているかを確認しながら、歩みを進める。

昨日まで市内の巨大ショッピングモールで換金や食事をしていた中、次の日には水はけが悪くツンとした匂いが鼻を衝くカテウラ地区に足を踏み入れているという事実。

一見すると、笑顔で楽しく遊んでいる子どもたち。
よく見れば、着ているその服は穴が開き、靴も左右で違う。

恵まれた自分の環境を捉え直しながら、この地で何か出来ることはないのだろうかと頭を悩ませる。

それと同時に、初めてこの地を訪れる仲間たちの顔を見て、彼らは何を思っただろうかと思いを馳せる。

そしてやはり、自分に出来ることはこれだと思い至る。
こうした環境で生きている人たちが確かにここに存在しているということを、少しでも多くの人に知ってもらいたい。

そこから人がどのように感じようと、どんな行動をしようと、
私はただ、こうした事実を知ったうえでどう生きるのか、を人々に再考してほしい。

そうした意味で、初めてこの地を訪れる彼らのサポートが出来た事は、
私の出来ることを一つ達成したような感覚である。

行ってみなければ分からないことがある。
コストがかかる行為だが、身を置いてみて初めて得られる感覚というものがそこにある。

私自身が色々なところに身を置きながら、同時に、
多くの人も身を置くことを選べるような手助けが出来たらいいなと思う。
それが、私が人生に課すミッションの一つだろう。

このパラグアイ渡航の目的も、そこに見出せるだろう。

応援したいと感じた方は、以下からご支援ください。

次回:「水風呂。」

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